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広島高等裁判所岡山支部 昭和50年(行コ)2号 判決 1977年5月30日

控訴人(原告) 竹内孝士 外二名

被控訴人(被告) 光嶋虎夫

主文

原判決を取り消す。

本件を岡山地方裁判所に差し戻す。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は訴外勝央町に対し金一七、一〇万、六一六円およびこれに対する昭和四九年七月一〇日より支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた

当事者双方の、本案前の申立てに関する主張、および事実上の主張、ならびに証拠の提出、認否は、つぎのとおり附加する外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人ら代理人の陳述)

被控訴人の本案前の主張に対する反論

一、本件訴えは、勝央町が被控訴人の違法行為により被つた損害を補填するため、被控訴人に対し損害賠償請求をすべきであるにもかかわらず、これを怠つているので、控訴人らが同町の住民として、地方自治法二四二条の二第一項四号に則り、同町に代位して、被控訴人に対し損害賠償の請求をする訴訟である。

二、そして、被控訴人の勝央町に対する損害賠償義務の根拠は、つぎのとおりである。

(一)  勝央町の町長であつた被控訴人は、同町の収入役であつた高務柳一と共謀の上、昭和四四年三月三一日勝央町長の地位を濫用し、所定の手続を経ることなく、町長印を冒用して、勝央町農業共同組合より金二、〇〇〇万円を借入し、これをさらに、自己と親密な関係にあつた日本原建設株式会社専務取締役花谷重行に交付して、同会社に貸付けたところ、これが回収不能となり、このため同町をして右組合に対し、右金額のうち金一、四〇〇万円およびこれに対する昭和四四年六月一日より昭和四九年七月九日までの年五分の割合による遅延損害金三一〇万六一六円、合計金一、七一〇万六一六円を支払わざるを得なくさせて、同町に対し同額の損害を与えたものであつて、これは被控訴人および高務柳一両名の故意による不法行為であり、これにより生じた損害を被控訴人は勝央町に対し賠償すべきである。

(二)  仮に、そうでないとしても、被控訴人は、勝央町の町長として、つぎのような義務を負担していた。即ち、(1)被控訴人は勝央町に対し、その首長として、信義誠実義務を負つていた(地方自治法一三八条の二)。(2)被控訴人は、町の会計を監督し、収入役等の補助機関を監督する権限と義務を有していた(同法一四九条五号)し、殊に、一時借入金は、長の権限である(同法二三五条の三)から、借入の目的、方法、金額等は、被控訴人の責任と権限において決定すべき義務を負つていた。(3)さらに、被控訴人は、長として公印を厳重に保管し、流用や濫用等がされることのないよう、監督すべき義務を負つていた。しかるに、被控訴人は、高務柳一が本件に先立ち、昭和四二年末ないし昭和四三年初頃、同じような方法により、勝央町名で一時借入金をした金一、一〇〇万円を前記花谷重行に交付して、日本原建設株式会社に貸付けていたことを、高務柳一より告げられていたにもかかわらず、この公金流用の事実を秘匿し、公印の保管や一時借入金の手続等を改める等の再発防止策を全くとらないばかりか、かえつて、自ら勝央町発注の工事を同会社に請負わせる等の不正な手段により、これを処理しようとした。ところが、被控訴人の思惑がはずれ、右工事は同会社の落札するところとならず、花谷重行がますます金策に苦慮していたことは十分に承知していたから、花谷重行らがさらに高務柳一に働きかけて、勝央町から公金の借入を受け、高務柳一がこれに応じて公金をほしいままに前記会社に貸与するであろうことを知りえた筈である。このような被控訴人の行動、態度は、同人が勝央町に対して負担している前記各義務に違背するものであつて、高務柳一の不法行為に、重大な過失によつて加担し、さらにこれを援助したものというべきであるから、被控訴人は、共同不法行為者として、勝央町に対し、前記(一)と同様の損害賠償をなすべきである。

三、このように、勝央町は被控訴人に対し損害賠償債権を取得したから、控訴人らは、同町に代位して、被控訴人に対しこの債権の履行を求めうるのである。したがつて、被控訴人には被告適格が具つている。

四、民事訴訟における給付の訴えにおいては、訴訟物たる給付権請求を自ら有すると主張する者に、原告適格があり、原告によつて義務者と主張された者に、被告たる適格がある。本件訴訟の場合においても、控訴人らは、勝央町が被控訴人に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとの前提の上で、訴えを提起しているのであつて、地方公共団体が実体法上の損害賠償請求権を有していると主張されている相手方に、被告適格が存するのである。

(被控訴代理人の陳述)

第一本案前の主張

一  被控訴人には被告適格がないから、本件訴えは却下されるべきである。

即ち、本件代位請求訴訟において、被告となりうる者は、勝央町に損害を生ぜしめた直接の当該行為者自身であることは明白であるところ、被控訴人が直接の行為者では断じてない。

二  本件訴えは、代位請求訴訟であるから、控訴人らが本件訴訟を提起するには、勝央町が地方自治法二四二条の二第一項四号所定の実体法上の請求権を有していることが必要不可欠であると解すべきところ、本件の場合はこれを欠いているから、控訴人らは同町に代位して訴訟を追行する資格を有しないことになり、本件訴えは却下されるのが当然である。

第二本案についての主張

控訴人らが主張するように、一時借入金が長の権限であつても、その権限に属する事務を収入役に委任し、司らせることは、何ら問題とならない(地方自治法一五三条一項)。長の多種多様な権限をすべて自ら行使することは不可能なことであるから、その権限の一部を担当吏員に委任し、当該吏員の責任において、事務処理を任せることになる。偶々吏員に違法行為があつたことから、結果的にみて長の監督が杜撰であつたとか、職務怠慢であつたとかの理由により、当該吏員の違法行為によつて町が被つた損害の賠償義務がすべて長に発生するということになれば、それは余りにも不当である。

(証拠関係)

一、控訴人ら代理人

甲第三乃至第一〇号証、第一一号証の一乃至一一、第一二号証の一乃至三を提出。

二、被控訴代理人

甲第三、第五号証の成立は、いずれも不知、その余の甲号各証の成立は、いずれもこれを認める。

理由

本件訴えの適否について、判断する。

一、控訴人らがいずれも勝央町の住民であることは、当事者間に争いがない。

二、被控訴人が本件訴えの被告適格を有するかどうかについて、考えてみる。

地方自治法二四二条の二第一項四号によるいわゆる代位請求訴訟は、同法二四二条一項の地方公共団体の執行機関または職員による同項所定の一定の財務会計上の違法な行為または怠る事実によつて地方公共団体が被り、または被るおそれのある損害の回復または予防を目的とするものであり、地方公共団体が、その執行機関または職員による右違法な行為または怠る事実によつて被り、または被るおそれのある損害の回復または予防のため、当該職員は当該違法な行為もしくは怠る事実に係る相手方に対し、実体法上同法二四二条の二第一項四号所定の請求権を有するにもかかわらず、これを積極的に行使しようとしない場合に、住民が地方公共団体に代位し右請求権に基づいて提起するものである(最高裁判所昭和五〇年五月二七日判決・裁判集民事一一五号一五頁)。このような代位請求訴訟の目的および構造にかんがみると、損害賠償を請求する代位請求訴訟において、被告となりうる適格を有する者の中に、当該損害の直接の原因となつた財務会計上の違法行為をし、または怠る事実に係る職員が含まれるのはもちろんであるが、右のような職員にのみ限定されるものではなく、地方自治法上右職員の違法行為または怠る事実を防止しうる権限と義務を有している職員が、故意または過失により、これを適正に行使せず、または尽さなかつたため、当該損害に対し間接的にもせよ原因を与えた場合には当該職員もまたこれに含まれるものと解するのが相当である。けだし、かかる場合、地方公共団体がそれらの職員に対し実体法上損害賠償請求権を取得しうることには変わりがないのであるから、地方公共団体がその請求権の行使を怠つている場合に、住民が地方公共団体に代位してこれを行使する利益と必要性についても、両者の間になんら径庭がないと解されるからである。いま、これを本件についてみるに、

(一)  控訴人らは、被控訴人の勝央町に対する損害賠償義務の根拠として、まず第一に、勝央町の町長であつた被控訴人は、同町の収入役であつた高務柳一と共謀の上、勝央町長の地位を濫用し、所定の手続を経ることなく、町長印を冒用して、勝央町農業協同組合より金二、〇〇〇万円を借入し、これを日本原建設株式会社に貸付けたところ、これが回収不能となり、このため同町をして同組合に対し、右金額のうちの金一、四〇〇万円およびこれに対する昭和四四年六月一日より昭和四九年七月九日までの年五分の割合による遅延損害金三一〇万六一六円、合計金一、七一〇万六一六円を支払わざるを得なくさせて、同町に対し同額の損害を与えた旨、主張しているのである。この主張からすれば、被控訴人は高務柳一と共に財務会計上の違法行為に直接的に関与したため、勝央町に対し損害を与えたものとされていることが明らかである。そうすると、被控訴人に被告適格があることは、言を俟たない。

(二)  控訴人らは、被控訴人の損害賠償義務の根拠として、第二に、被控訴人は、勝央町の町長として同町に対して負担していた、信義誠実義務、町会計および収入役に対する監督義務、公印保管義務等の各義務を懈怠した結果、高務柳一が前記組合より金員を借入し、これを前記会社に貸付けるのを容認したため、同町に前記金額と同額の損害を与えるという高務柳一の違法行為に、重大な過失によつて加担し、さらにこれを援助した旨、主張している。この主張によると、被控訴人は勝央町に対して負担している地方自治法上の義務を重大な過失により懈怠したため、高務柳一の違法行為を防止できず、これがため同町の被つた損害に間接的な原因を与えたものとされていることが明らかである。そうすると、この主張によつても、被控訴人には被告適格が具つているものといわなければならない。

三、つぎに、住民監査請求の請求期間を遵守したかどうかについて、考えてみる。

勝央町に損害を被らせた高務柳一の違法行為に、被控訴人が、同人と共謀の上加担したか、あるいは重大な過失による義務懈怠によつて加功したかどうかの点はさておき、住民監査請求の請求期間との関係で事実関係を確定すると、つぎのようになる。

即ち、いずれも成立に争いのない甲第一号証、第一二号証の一および弁論の全趣旨によると、当時勝央町の収入役であつた高務柳一は、その地位と町長の職印とを冒用して、勝央町の一時借入金名下に、勝央町農業協同組合から金員を騙取しようと企て、昭和四四年三月二八日同組合所定の貸付決定通知書に、町長名を記入した上、その名下に町長の職印を冒捺し、申込金額欄に金二、〇〇〇円、返済期日欄に同年五月三一日と各記入した外、所定の事項を記入し、これに町の昭和四四年度一般会計予算書を添付して、同組合の貸付担当者に提出し、もつて、あたかも町が予算に基づきその一時借入金として、同組合に対し金銭消費貸借の申込みをするものの如く装い、その旨誤信した同組合から、同月三一日額面金二、〇〇〇万円の小切手一通を受領して、これを騙取した上、これを町会計に入金することなく、間もなく日本原建設株式会社に貸付けたこと、その後返済期日を経過し、度々請求しても右貸金の返済を受けられなかつたため、右組合は勝央町に対し貸金請求の訴えを岡山地方裁判所津山支部に提起した(同庁昭和四五年(ワ)第一六六号)ところ、同裁判所は、昭和四九年四月一〇日、主位的請求たる貸金請求はこれを排斥したが、予備的請求について、民法四四条の規定は地方公共団体にも類推適用されるべきであり、高務柳一は同条にいう「理事」に当るとして、勝央町に不法行為責任があると判断し、なお同組合にも過失があつたとして過失相殺をした上、勝央町に対し、右金額のうちの金一、四〇〇万円およびこれに対する昭和四四年六月一日より支払ずみまで年五分の割合による金員の支払いを命じたこと、そして、勝央町では、右判決に従い、昭和四九年七月九日同組合に対し、右金一、四〇〇万円およびこれに対する昭和四四年六月一日より昭和四九年七月九日までの年五分の割合による遅延損害金三一〇万六一六円、合計金一、七一〇万六一六円の金員を支払つたこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右に認定した事実に基づいて判断すると、高務柳一が昭和四四年三月三一日額面金二、〇〇〇万円の小切手を騙取した時点においては、加害者は高務柳一、被害者は勝央町農業協同組合であつて、直接勝央町には関係がなく、それ故違法な公金の支出もなかつたところ、高務柳一の欺罔行為が勝央町の一時借入金名下になされるという、同町に累の及ぶ方法でなされたため、同人の詐欺行為につき同町に責任が追及された結果、同町としては昭和四九年七月九日金一、七一〇万六一六円の支出を余儀なくされたことになつたのであつて、高務柳一の違法行為を勝央町との関係で観察すれば、同人の右組合に対する詐欺行為が原因となつて、昭和四九年七月九日に違法な公金の支出がなされたということになり、違法な公金の支出という違法行為の終わつた日は、結局昭和四九年七月九日である、と認めるのが相当である。

そして、弁論の全趣旨によれば、控訴人らが被控訴人の行為につき、勝央町監査委員に対し監査請求をしたのは、いずれも昭和五〇年七月五日であつたが、同町監査委員は右請求のあつた日から六〇日以内に監査も勧告も行なわなかつたことが認められ(右認定に反する証拠はない。)、控訴人らが原裁判所に対し本件代位請求訴訟を提起したのが、同年九月一〇日であつたことは、本件記録上明らかなところである。

そうすると、控訴人らは、違法行為の終わつた日から一年以内に監査請求をし、監査請求をした日から六〇日以内に監査委員による監査も勧告も行なわれなかつたため、六〇日を経過した日から三〇日以内に本件訴訟を提起したことになるから、控訴人らは本件訴訟に至る期間遵守の点において、何ら欠けるところがない。

四、被控訴人は、控訴人らが本件代位請求訴訟を提起するには、勝央町が地方自治法二四二条の二第一項四号所定の実体法上の請求権を有していることが必要不可欠であつて、もしこれを欠くと、控訴人らが代位して訴訟を追行する資格を有しないことになるから、訴えは却下されることになる旨主張する。

しかしながら、地方公共団体の住民は、住民たるの資格に基づき、地方自治法二四二条一項所定の地方公共団体の執行機関または職員による同項所定の一定の財務会計上の違法な行為または怠る事実について、同条二項所定の期間内に、監査委員に対し監査の請求をした上、同法二四二条の二第二項所定の各場合に、所定の期間内に、同条一項各号所定の形態による訴えを提起することによつて、訴訟追行権を取得するのであつて、損害賠償を請求する代位請求訴訟において、地方公共団体が果して訴えの相手方とされた者に対し実体上の請求権を有するか否かは、右訴訟の本案につき理由があるかどうかの問題であつて、訴えを提起した住民の訴訟追行権とは何ら関係がない。

したがつて、被控訴人の前記主張は失当である。

五、その外、本件記録を精査しても、本件訴えを不適法とするような事由を見出すことができない。

そうすると、原審が、本件代位請求訴訟について、被控訴人に被告適格がないとして訴えを却下したのは、法令の解釈適用を誤つたものといわなければならず、この点において、原判決は取消しを免れない。また、以上の判示によつて明らかなとおり、被告適格以外の点についても、本件訴えを不適法ならしめるような事由は存在しないから、本件についてさらに審理をつくさせるため、これを原裁判所に差し戻すこととする。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三八八条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤宏 喜多村治雄 篠森眞之)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

本件訴えを却下する

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一 被告の本案前の申立

主文同旨

二 本案の申立

(一) 原告ら

1 被告は訴外勝央町に対して、金一七一〇万六一六円と、これに対する昭和四九年七月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

(二) 被告

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二主張

一 原告ら

請求の原因、本案前の主張に対する反論は、別紙一のとおり。

二 被告

本案前の主張、請求の原因に対する認否は、別紙二のとおり。

第三証拠<省略>

理由

本訴の被告適格について検討するに、本訴請求原因によれば、原告らが本訴においてその補填を請求する訴外勝央町がこうむつた損害とは、元同町収入役訴外高務柳一のした違法な金銭借入行為について、同町が損害賠償としてその借入先にした金銭の支出であることが明らかである。

ところで、地方自治法第二四二条の二第一項第四号所定の普通地方公共団体に代位して行なう当該職員に対する損害賠償の請求は、もつぱら当該損害の直接の原因となつた財務会計上の違法行為をし、又は違法な怠る事実にかかる職員個人に対してその普通地方公共団体の有する実体法上の請求権に依拠してその責任を追及する制度であつて、原告ら主張のように被告に町長として監督不十分、公印管理のずさん等職務怠慢、義務懈怠があり、結果的に前記違法借入行為を助勢、援助したにしても、被告が前記高務と共同して前記違法借入行為をし、又はその教唆者、幇助者であるというのではない以上、右法条にいう当該職員には該当しないと解するのが相当である。

従つて、原告ら主張の損害について補填を請求する本訴請求は、被告適格がないから不適法として却下すべきである。

よつて、民訴法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙一

A 請求の原因

第一当事者

原告らはいずれも訴外勝央町の住民である。

被告は、昭和四一年四月より同四五年四月まで同町の町長の職にあつた。

第二監査請求

原告らは、昭和五〇年七月五日同町監査委員に対し、本件について監査請求を為し同日受理され、その後六〇日間経過したが監査も勧告も為されない。

第三本件の事実経過

一 昭和四九年四月一〇日岡山地方裁判所津山支部において、訴外勝央町は勝央町農業協同組合に対し、一四〇〇万円およびこれに対する昭和四四年六月一日から支払済までの年五分の割合による金員の支払を為すよう判決が為された(同支部昭和四五年(ワ)第一六六号事件)。

これに基づき昭和四九年七月九日、同町は同農業協同組合に対し一四〇〇万円とこれに対する前記昭和四四年六月一日から同日までの遅延損害金三一〇万六一六円合計金一七一〇万六一六円の支払を為した。

二 右判決が認めた支払うべき原因事実は次のとおりである。

(一) 昭和四四年三月三一日、同町農協は同町収入役高務の依頼により二〇〇〇万円を、支払期日同年五月三一日、利息日歩二銭三厘、遅延損害金日歩四銭の約束で同町に貸付けたのであるが、右は同収入役が同町長の意思に基づかずほしいままに同町名義の借入申込書、借用書を作成して、あたかも同町が正当に金銭を借入れるものであるかのように欺罔して為したものであり、同農協が詐取されたものである。

(二) そして右高務は、永年収入役の地位にあり、同町の同農協からの借入にあたつては、同人が町長名の借入申込書、借用書を提出することによつて契約するのが常であり、本件でも従来と同じ形式であり、かつ、前記申込書の印影は同町長の真正な職印により顕出されたものであつたから外形上高務の行為はその職務行為に当るものというべきである。

そうだとすると、同農協は高務の右行為により二〇〇〇万円の損害を蒙つたものであるから民法第四四条第一項により同町は同農協にその損害を賠償する責任があるといわざるをえない。

(三) しかしながら、同農協も同町長の意思の確認を為さず、同町の財政規模から照らすと相当な金額の借入であるにもかかわらず安易に職印のみで真正な契約と信じたことは同農協の過失であるといわざるをえず、これらの諸事情を総合して、同町が同農協に賠償すべき額を一四〇〇万円に減額すべきであるとして、同町に対し一四〇〇万円とこれに対する遅延損害金の支払を命じたのである。

第四被告の不法行為

一 右高務が職印を盗用して同農協から二〇〇〇万円を借入し、これを日本原建設専務花谷重行に貸付した当時の町長は被告である。

二 町長は、町の財政を預かるものとして町吏員を指揮監督し、また職印の使用、保管を厳重に為し、いやしくも本件の如き町長印を無断使用し他からほしいままに借入を為しこれを流用し町財政に損害を生ぜしめることのないようにしなくてはならない義務を負つている(地方自治法第一五四条等)。

三 しかるに同町長であつた被告は、同町職員の管理がきわめて杜撰であつたうえ、その会計を担当する収入役高務に対する監督は著しく怠慢であつた。

(一) 同収入役は、本件に先立ち昭和四二年末ないし同四三年初めころ、同じ方法で借入した金員の中から一一〇〇万円を日本原建設花谷重行に貸付け、同人からの回収が困難となり、苦慮し、これを被告に打ち明けたところ、被告は高務が無権限で右の借入を為し、さらにこれを他に貸付けていることを知りながら、その真相を究明したり、あるいは高務の責任を追求する等し、事件の再発を防ぐのではなく、むしろその逆に右の借入の事実を隠蔽し、右日本原建設に同町中学校建設工事等の公共事業の請負を為さしめ、これにより右貸付金の回収を図るあるいは弁償に力を入れさせるという措置を取り、収入役に対する右以後の監督も財政に対する管理もまつたく杜撰なままで放置し、むしろ逆に右収入役の行為を裏面から支持していたといえる措置をとつた。

(二) また、職印の保管についても、右のように収入役が職印を無断で使用していることを知りながら、これ以後その使用、管理を厳重にするという処置も為さず、相変わらず杜撰なまま放置していた。

(三) さらに被告は、右高務が無断貸付を二回にわたつて為した日本原建設専務花谷重行から、昭和四三年六月三〇万円の贈賄を受け、さらに七月同人から四〇万円の賄賂を受け、これが有罪として確定している。

(四) また、右のような高務の不正借入および不正貸付は相当数にのぼる。町の会計帳簿に登載されない借入は、借入先勝央町農協から一四件、同中国銀行勝間田支店三五件、山陽相互銀行林野支店一九件にのぼつている(昭和四一年四月一日から同四五年六月一五日まで)。このような、借入が為され、その都度公印が使用され、会計帳簿にすら登載のないという杜撰さでありながら、この間の監督、責任者である被告がこれに気づかぬはずがないのにこれを放置していた。

四 以上のような諸事実に照らしてみるなら、被告の責任は、単に収入役職印に対する管理、監督が杜撰、不十分であつたというにとどまらず、被告自身も、本件職印不正使用による借入、さらにこれを日本原建設に転貸するといつた経緯を知つていたとの疑いすら生じ、被告の責任はさらに重大であるといわざるをえない。

このような被告の職務怠慢、義務懈怠が結局において同農協に対する一四〇〇万円の損害賠償を為さざるをえない原因となつているものであるから、被告は同町に対して、同町が同農協に対して支払いをした一七一〇万六一六円の損害を補填する責任があるものである。

第五結論

右の次第で被告は同町に対し、右金員の損害賠償を為すべきであるにもかかわらず、同町は右の手続を怠たりその支払請求を為さないので、前記のとおり原告らは、同町監査委員に右損害賠償の請求等措置をとることを要求したが、同監査委員は何らの勧告もしないものである。

よつて、原告らは、被告が勝央町に対し、一七一〇万六一六円およびこれに対する同町が同農協に支払をした翌日である昭和四九年七月一〇日以降支払済までの民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう請求するものである。

B 本案前の主張に対する反論

第一被告適格の欠缺の主張について。

被告は、本件住民訴訟は直接違法行為を為した当の行為者のみに対して提起されるべきもので、それの単なる監督者たる長は被告適格がないと解すべきところ、本件訴外勝央町に対する違法行為(詐取)は、元収入役高務柳一が単独で為したもので、被告は関与していないから、被告適格がないと主張する。

しかしながら、本件訴訟は同町の代表名義人である被告に対して提起したものではなく、まさに被告の長としての監督不十分というよりも、元収入役の本件詐取背任行為を結果的には助勢、援助した被告自身のきわめて杜撰な職務怠慢、義務懈怠それ自体が同町に対する不法行為であるとして同町に代位して損害賠償請求を為しているのである。

したがつて、被告の主張は、その主張自体の当否はともかくとして(その主張は被告適格の問題ではなく、結果は請求原因の当否の問題であると思料される。)、本件では、その前提を誤解しており、まつたく理由のないものである。

第二請求期間徒過の主張について。

被告は、本件訴訟の前提たる監査請求は元収入役高務の違法行為があつた昭和四四年三月三一日より一年以上経過した昭和五〇年七月五日に為されているから、地方自治法第二四二条第二項に違反すると主張する。

しかしながら、同法二四二条第二項にいう「当該行為のあつた日又は終つた日」というのは当該不法行為の為された日だけを指すのではなく、それに引き続き、それが不法行為として損害額が確定され(判決等)、これに基づき現実の出損が為され、具体的に公共団体の損害が確定した日までを含むものである。

そうでないと、具体的に地方公共団体のこうむる損害の内容や額について不分明のままで、監査請求や住民訴訟を強制することとなりこれは事実上不可能であつて、本制度の存在理由を没却することとなる。

したがつて、この点についても被告の主張は理由がない。

以上

別紙二

A 本案前の主張

(一) 被告適格の欠缺

本件訴訟は地方自治法第二四二条の二第一項、第四号のいわゆる代位請求訴訟と解されるところ、この代位請求訴訟における被告適格を有する者は当該違法行為をなしたその者で、その責に任ずべきであるとされる者である。その行為に何ら関与していない長であつた被告は、行為について何らの責任をも負わないのであり、被告適格を有しないことは余りにも明白である。すなわち、代位請求訴訟は地方公共団体の執行機関、または職員による財務会計上の違法な行為または怠る事実によつて地方公共団体が被りまたは被るおそれのある損害の回復または予防を当該団体が積極的に行使しようとしない場合に住民が代位し、その請求を提起するものである。対外的関係では団体の長の名を表示して行使されるから団体がその責任を負うべきことになるが、しかし代位請求における責任者は団体内部に対する関係についてのもので、その損害の責を内部的に誰に帰すべきかの問題である。それはもつぱら損害を生ぜしめた当該行為者自身に責任を追求するところにこの訴訟の目的がある。団体に損害が生じたことから代位請求にいう責任が長に対して発生するものではなく、代位請求訴訟はあくまでもその違法な当該行為をした者の責任を追求し、被告とされるべきである。

本件に即していえば、勝央町の収入役であつた亡高務柳一が町長職印を冒用し、勝央町農業協同組合(以下単に農協と称す)から二〇〇〇万円を勝央町が借入するが如く装つて二〇〇〇万円を農協より詐取したのであるが、町の収入役の地位にある者の行為であるから民法第四四条により町は農協に賠償義務があると判決され、この判決に基づき賠償したことが町に損害を与えたというのである。右違法行為は高務自身が単独で行つたことであり、内部的関係では高務が全責任を負うべき者で、被告は右行為に全く関与もしておらず、全く知らなかつたことである。

従つて本訴訟では高務(その後自殺しているためその相続人)を被告とすべきであつて、明らかに被告を誤つている。以上の次第で本訴は明らかに被告適格の欠缺であり直ちに訴えの却下をされるべきである。

(二) 請求期間徒過

住民訴訟(代位請求訴訟)は「当該行為のあつた日または終つた日」から一年以内に監査請求をした場合に限り、提起し得るところ(地方自治法第二四二条第一、二項、第二四二条の二第二項)、本件の高務の違法行為は昭和四四年三月三一日に為された。原告等が監査請求したのは昭和五〇年七月五日であり、明らかに請求期間を徒過したもので、訴の対象とはならない。もつとも右農協に対する勝央町の支払義務を認めた判決(岡山地方裁判所津山支部昭和四五年(ワ)第一六六号事件)の言渡日昭和四九年四月一〇日或はこれに基づく勝央町の支払日、昭和四九年七月九日から請求期間を起算すべきではないかとも考えられるが、しかし右判決の言渡し或はこれに基づく支払行為が違法行為または違法行為の終りに該当するものでないことは明らかで、同法にいう「当該行為のあつた日または終つた日」は違法行為自体の日またはその終了日と解すべきである。更に請求期間について同法は「発覚してから」とか、「損害が確定してから起算する」とも規定されていない。また原告等が監督請求権を徒過したことについて何ら同法但書にいう「正当な理由」もない。すなわち高務の違法行為が発覚したのは被告が町長を退いた後の昭和四五年六月中旬頃であり、農協組合長よりの連絡により始めて知り、被告はこの件につき直ちに右高務およびその保証人から賠償請求可能であるから請求するように当時の竹久町長や町議会に働きかけ努力していたのであるが、いずれも被告の申入れを無視し、放置しているのである。もし原告等がその責任を追求しようとするのであれば、当時充分に言い得たにも拘らず、長期間この問題は放置していたのである。

以上の次第で本訴は高務の違法行為があつた日から一年以内に監査請求がなされていないし、また徒過した正当な理由もないから請求期間を徒過したものとして訴の対象とならない、この点からも訴の却下を求める。

B 請求の原因に対する認否

一 原告主張事実中、第一当事者、第三本件の事実経過と題する項についての原告主張事実は認め、第二監査請求の項については不知、爾余の第四被告の不法行為と題する項についての主張事実は争う。

(一) 被告主張事実は前記本案前の答弁中において主張しておるとおりであつて、被告としては勝央町に対して損害を補填する義務はない。

(二) 昭和四二、三年頃、同様の方法で借入れた金員を高務が花谷に貸付けたという事実を被告が知つていたという主張であるが、当時被告の知つていることは貸付けた金員は高務自身の金員であるということである。

(三) 昭和四三年から昭和四六年までの定例月例監査はすべて異常なくよく出納が出来ているという報告をうけており、被告はそのように信じていた。

(四) 勝央町印、勝央町役場印、勝央町長印の保管については勝央町公印に関する規定、勝央町行政組織規則等により、右公印の管守については規則により定められており、総務課長において処理されることになつている。尚四三年一月一日より四五年九月三〇日までの総務課長は古山博史であつた。

(五) 高務は、昭和三三年六月収入役に就任時相当の家産を有し、元兵庫県巡査部長であり、昭和二三年勝間田町役場書記を命ぜられ、その後事務吏員総務課勤務となり、昭和三三年六月勝央町収入役となり、四五年六月任期満了し、その間本件のような事故は予想もつかないことであつた。

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